企業が早急に見直すべき「物流(陸上・海上・航空運送と倉庫)のリーガルリスク」
~ 新商法でさらにリスクが増大します!
2018.07.20 弁護士吉田伸哉
1 日常の取引で想定外の損害を被る場面の1つが物流
製品・原材料を扱う一般の企業が、リーガルリスクに気づいておらず思わぬ損害を被る局面としては、①物流(運送・倉庫)、②人身事故・労働災害があげられます。多くは、リスクに対する基本的な理解が不十分で、保険に未加入または対象外という事案です。通常、物流(運送・倉庫)の損害賠償請求は、貨物の価格に加えて、工場不稼働損害・逸失利益等の大きな金額が請求されます。運送会社・倉庫会社の責任が限定されていることがわかると取引先企業に同様の損害賠償請求がなされる上、今後の取引も解消されることもしばしばあります。
2 現行法でも大きなリーガルリスクに気づいていない多くの企業
最も重要な点は、「物流(運送・倉庫)の契約のリーガルリスクを押さえなければ、原材料・製品を扱う企業・商社の取引先との契約のリーガルリスクを適切に回避することは困難」ということです。
しかし、多くの企業は、基幹業務である製品の販売や製造などの契約とは異なり、それに付随する脇役的な物流(運送・保管)の契約は、ほとんど検討されていないのが実情です。
商品の損傷滅失・遅延などのトラブルは、国内の各種運送・倉庫保管でも日常的に起こっています。また、輸出入時のインコタームズは、売主・買主間の契約条件の1つにすぎず、遅延などの問題が解決できるわけではありません。
このような物流(運送・倉庫)のリーガルリスクが企業に周知されていないもう1つの原因は、企業活動に不可欠な物流を総合的に扱える弁護士が極めて少ないことがあげられます。運送は陸上・国内海上・国際海上・国内航空・国際航空に分類されますが、陸上運送ですら通常の弁護士はあまり扱わない分野です。海上運送を扱う「海事弁護士」は100名未満といわれていますが、存在すら知らない弁護士も多いのが現状です。海事弁護士の中でも、国内・国際海上運送双方扱える弁護士は限られますし、船舶の貸切契約(傭船契約)ではなくコンテナ運送となると更に限られます。また、航空運送を扱う弁護士は「海事弁護士」よりも少ないともいわれています。このような中、それぞれの運送のみを主に扱っているのが実情で、総合的に扱っている弁護士はごく少数なのです。運送とは異なる倉庫での寄託契約を含めると更に限定されるでしょう。
3 弁護士もよく見落としているリーガルリスク
物流法(運送・倉庫)の重要ポイントは、運送会社・倉庫会社の責任は、「①責任を問われる場面、②責任の範囲、③責任の期間がそれぞれ限定されている」点にあります。
この点は、東町セミナー109回「物流をめぐる法律関係 ~貴社の商流の契約は万全ですか」でそれぞれの運送契約・倉庫寄託契約について整理させていただいていますのでその時のレジュメを見て頂くか、あるいは、これをベースに新商法部分を追加してワンコインで購入可能な電子書籍「30分でやさしくマスター 物流法~陸上・海上・航空運送と倉庫の実務」で整理していますのでご参照ください(Kindle Limited(読み放題)に登録の方は無料でご覧になれます)。
ここではこれらの理解を前提に、私が実際に見た、相手方弁護士が間違えていた事例を紹介しますので、理論を実務に役立てていただければと思います。
- 荷送人が海上運送契約をした運送人(当事者)を誤り、日本の大手の海運会社が契約上の運送人であり損害賠償請求が可能であったにもかかわらず、 実運送人が倒産したから損害賠償は事実上困難と説明し適切な対応を取らなかった結果、輸入者である日本企業が損害賠償請求権が1年の経過により消滅した事案
- 弁護士が陸上運送契約を請負契約と勘違いし1年の時効消滅させた事案
- 傭船契約に強い海事弁護士が、国際海上運送で海運会社に遅延の賠償が可能なケースであるのに、船荷証券の裏面約款に「遅延の責任は負わない」という条項があるから、責任追及が不可能と荷主にアドバイスした事案
- 運送会社・倉庫会社に対する貨物の契約上の損害賠償請求権は、通常の企業間契約よりも期間が短く、全ての運送契約・倉庫寄託契約は1年(但し国際航空運送は2年)で消滅することを知らずに弁護士が損害賠償請求を消滅させた事案(多数)
- 期間の延長方法を謝った事案
国際海上・国際航空運送の上記期間は除斥期間ですので、当事者で延長合意をするのが実務です。しかし、国内の全ての運送契約・倉庫寄託契約の上記1年の期間は時効ですので延長合意はできません。国内運送の事案で、延長合意したから大丈夫だとして中断措置を怠った国際海上運送に強い海事弁護士がいました。偶々その相手の弁護士も陸上運送の事案であるのに海上運送(しかも国際海上運送と勘違いしないとこの間違いは起こらない)と勘違いをしていたため、時効を援用されることもなく支払いを受けた事案(双方の弁護士がミスをしていた事案)
- 陸上運送・国内海上運送・倉庫寄託契約の貨物受領時には、一部滅失・損傷がある場合には「留保」し、または、それらが直ちに発見できないときは2週間以内に「通知」を発送する必要がありますが、留保も通知も損傷の概況を伝えなければ、損害賠償の権利は消滅するのに、弁護士が期間を徒過したり、通知が不十分だった事案
- 運送中の貨物の全損の場合には、荷送人から荷受人に運送契約上の権利が移らないため荷主(荷送人)から債権譲渡を受けるのが通常なのに、弁護士が最後まで債権譲渡を受けることなく損害賠償請求訴訟で敗訴した事案
以上は弁護士はもちろん、上場企業の運送会社でもよく間違えているところですので、上記の事案だけでも社内で全て適切な対応ができるかご確認していただき、自社の物流のリーガルリスク体制が十分か確認いただければと思います。
4 新商法施行後に更に増大する物流のリーガルリスク
次に重要なのは、「新商法施行後は、更に運送会社の責任が限定されるため、荷送人・荷受人となる企業にとって物流のリーガルリスクが更に大きくなる」点です。
平成30年5月18日、120年ぶりの商法(運送・海商関係)の大改正により、各種運送の制度が大きく変わります(施行日は未定ですが、新民法と同様の平成32年4月1日頃になるのではないかといわれています)。
これまで契約責任の追及期間1年の満了前は、内容証明郵便などで6ヶ月延長することができましたが、このようなことができなくなります。また、契約責任の1年の期間が経過した場合でも、国内の運送については「不法行為」という法律構成で、運送会社・倉庫会社への責任追及ができる途が残されていましたが、新商法施行後は、国内外の運送契約では、契約期間が経過すると別途不法行為での請求ができなくなるなど、運送会社への責任追及は一層困難となります。
現行法と新商法の対比は上記の「30分でやさしくマスター 物流法~陸上・海上・航空運送と倉庫の実務」にも記載していますが、新商法の重要ポイントは当事務所のHPのコラム「商法(運送・海商)改正の重要ポイント~物品運送(陸上・海運・空運)を中心に」、新民法についても当事務所のHPで「新民法の重要改正ポイントTop10」でそれぞれまとめており、運送会社・倉庫会社以外の一般の企業にとっても押さえておくべき内容を記載していますので是非ご覧ください。