造船契約の前払金返還に関するJSEのTOMAC仲裁事案
2023.10.08
造船契約(船舶建造契約)では、契約時に前払金として、注文者から造船所へ一定金額の代金を前払いするのが通常です。しかし、2015年の第一中央汽船の民事再生申立て事件に代表されるように、造船契約の注文者が支払い不能となり、破産や民事再生等の手続をとることは少なくありません。
私は、造船所やエンジンメーカー側で造船を巡る紛争にはいろいろ対応しておりますが、今回は、注文者から前払金の返還請求がなされた仲裁事案においてセカンドオピニオンとして関与し、実質全面勝訴を前提とした和解により無事解決に行った事案を紹介します。
1 事案の概要
本件は、SAJ書式(日本造船工業会の標準造船契約書式)を修正した造船契約の発注会社がグループ会社の民事再生及び発注会社の株主の破産手続に伴い支払不能となり、倒産手続をしていないこの発注会社から前受金約10億円以上(ドル円合計)の返還請求を求めて、日本海運集会所(JSE)に仲裁申立てがなされたものです。国内の造船や海事関係の紛争は、JSE仲裁が用いられることが多くあります。
本件では、実際には、発注会社には親会社はなく、個人が株主でしたが、グループ会社が債権者から民事再生を申し立てられ、オーナーも破産手続に移行したことで、 発注会社が資金難に陥り、2回目の分割払い期日での支払前に造船所から解除したという事案で、発注会社自体は民事再生も破産手続きもしていませんでしたが、オーナーの破産管財人が実質的に関与し注文会社(SPC)から仲裁申立てがなされた事案です。
2 事案の概要
申立人である破産管財人は、造船所が、2回目の分割払い期日前に、履行不能を理由とする解除をしたことは、造船契約に定めのない解除である等として、造船所に対して前受金の返還を求めました。対する造船所側は、海事業界でも著名な大事務所の先生方が就任し、適法な解除である等として争っていました。
契約が終了したこと自体は当事者に争いはありませんでしたが、解除に伴う造船所の逸失利益の有無・範囲も重要な争点となりました。しかし、審理がかなり進んだ段階で、造船所側の弁護士が造船所に対して、敗訴が濃厚であるとの意見書が造船所に対してなされました(本件の状況を踏まえると、一般的に妥当な判断の意見書でした)。
3 セカンドオピニオンの貢献
このような状況で、造船所から本件仲裁についてセカンドオピニオンを求められました。私の意見は、本件特有の事情の中では、全面勝訴を前提とした和解成立の可能性が相当程度残されているという内容でした。
このセカンドオピニオンを受け、実際に仲裁手続に関与されている先生方と打合せを行うことになりました。当初は、私の意見に否定的でしたが、チームのヘッドのパートナーの先生方が最終的に私の意見を採用し、仲裁戦略にとりいれる決断をされました。これを受けて、主張・立証書面に私の見解をしっかり取り入れていただいた上で、仲裁委員との協議においてもその内容と法的根拠をしっかり説明されたことにより、状況は一転し、最終的に完全勝訴を前提とする和解により無事解決に至りました。
仲裁人のお3方の弁護士はいずれも海事で実力派の高名な先生方でしたが、今後の同種事案の解決に非常に有益な最新の重要な法的視点を提供できたと自負しています。
申立から和解まで徐々に円安が進みUSDが40%以上も高くなっていたことから、正直ヒヤヒヤしておりましたが、造船所に非常に有利な和解による解決で些細な影響に留まったことも幸運でした。
4 最後に
本件と異なり、第一中央汽船の民事再生における造船契約の前受金の返還については、他の造船所は前受金を全額返還したとのことでしたが、私の見聞きした事情を前提とすると返還不要の可能性が非常に高い案件でした。
また、注文者が破産手続に移行した場合、破産管財人から解除した場合には逸失利益の損害賠償が認められていますが(民法642条Ⅲ)、造船所から破産開始決定がなされたことを理由として解除すると逸失利益の請求はできず(民法642条Ⅰ及びⅢ)、前受金返還を余儀なくされますので十分な注意が必要です。
このように造船契約の前受金の返還については、具体的な造船契約の内容と倒産法制の理解が不可欠となりますので、造船所としては十分に注意して、注文者の手続きの種類・進捗をよく見極めながら慎重に対応したいところです。
(文責:弁護士・海事補佐人・海事代理士吉田伸哉)