中国上海における荷役時における貨物損傷と運送人の責任 ~荷役業者・ステべドアの責任と荷主の義務

2020.09.10

前回のコラムでは、実務で重要な、貨物保険における請求権放棄特約(第三者求償権放棄特約)について紹介させていただきました。今回は、私も利害関係者側で関与した事案の第一審の上海海事法院及びその上級審である上海市高級人民法院の判決を紹介させていただきます。

メインの論点は、不定期船での貨物の船積みという船内荷役途中の貨物の落下についての港湾運送業者の責任の有無ですが、その前提として、荷主と運送人の間の貨物保険締結の際の求償権放棄特約締結義務違反も問題となっています、両判決共に、荷主と運送人間で締結していても、実際に保険会社との間で締結されなかった場合には、保険会社はその約定を知り得ないことから、運送人が、求償権放棄特約違反を保険会社に主張して、保険会社の請求を拒むことはできないとされています。

Ⅰ 事案

  1. 契約の内容
     上海から日本への用船契約に基づく海上運送契約が締結されており、荷主と港湾運送業者との運送契約においては、荷主が貨物保険締結に際して、第三者求償権放棄特約を締結することが要求されてました。荷主は港湾運送にあたり貨物について保険会社との間で貨物保険を締結しましたが上記特約は締結していませんでした。
  2. 事故の内容
     本件貨物は、上海の港で船舶に船積みすることになっていましたが、荷役には特殊なアイボルトを使用してつり上げ船積みしなければならないものでした。港湾運送業者はは、貨物を荷送人が提供した特殊なアイボルト4本を使用してつり上げ、船積作業を行っていたところ、アイボルトの1本が切れてしまいました。これにより残りの3本のアイボルトも切れたため、貨物が船内に落下し、貨物が全損となるとともに、船舶のハッチコーミングが変形し、船内ボトムに穴が空いてしまう事故が発生しました。
  3. 保険会社の対応
    貨物保険の会社は、貨物を全損と判断し、貨物の所有者に対して貨物保険金を支払った後、港湾運送業者に対して求償権を行使して、上記本件金額等の支払いを求めて、2019年3月15日、上海海事法院(第一審裁判所)に提訴しました。

Ⅱ 上海海事法院2019年10月23日判決

  1. 上海海事法院は、本件は海上貨物運送契約をめぐる紛争であり、積み込み港は中国上海であるため、中国の「海商法」を適用すべきと判断した上で、次のように判示しました。
  2. ① 求償権放棄特約を保険会社に主張できない
     上海海事法院は、本件の事実関係の下では、荷主との求償権放棄特約を保険会社に主張することはできない判断しました。
  3. ② 港湾運送業者は責任を負わない
     上海海事法院は、本件貨物は大型特殊貨物であり、荷主側は、貨物の重量、寸法等の情報を通知した上で、かつ、貨物の外装に吊り上げ、固定、重心位置を表記しなければならないと認定しました。その上で、委託時の貨物の重量情報が実際よりも軽く申告されていたこと、アイボルトが荷主側から提供されていること、つり上げ方法の参考写真を提示したのみで、実際の荷役も写真とおり行われていたことなどから、港湾運送業者に過失はなかったと認定しました。
  4. ③運送業者責任制限について
     被告の港湾運送会社は貨物事故は船積み時に発生したので、運送人の責任期間内であるとして、運送人の責任制限を受ける利益を享受できると主張しました。これに対して、原告は、本件事故は船積み前の法定責任期間外で発生したものであり、責任制限を主張できないと阪南論しました。また、港湾運送会社は、責任制限と基礎となるのは申告重量の13.5トンを基準とすべきと主張し、原告は、実際の重量21.5トンで計算すべきであると反論しました。
     第一審法院は、コンテナ以外の貨物に対する運送人の責任期間は、貨物が船に積み込まれた時から船を降ろす時までであるとした上で、本件では事故は貨物が船舶のハッチに吊り上げられて貨物室に下ろす準備をしていた時に生じたものであるとして、運送人の責任期間内にあったとして、港湾運送業者が運送人の責任制限を享受する権利を有すると判断しました。
     その上で、本件貨物の重量は12,500kgでしたが、申告重量が13,500kgであったことを踏まえて、責任の範囲を申告重量をベースに27,000SDR(特別引出権。13,500×2SDR)に制限しました。
     なお、第一審法院は、本件貨物が損傷後の処理方法及び残存価値が不明であるとして原告の主張する金額は認められないとも判示しています。

Ⅲ 上海市高級人民法院2020年4月22日判決

上海海事法院の事実認定及び判断を全面的に支持し、港湾運送業者に責任はないとして、上訴を棄却し、一審判決を全面的に維持する判断を示しました。原文は、「上诉人中国平安财产保险股份有限公司上海分公司因与被上诉人上海通运国际物流有限公司海上货物运输合同纠纷案二审民事判决书」をご覧ください。

Ⅳ コメント

  1. 荷役作業について
     コンテナ以外の貨物の場合、特に特殊貨物の場合には、重量等の情報を正確に伝えておかなければ貨物事故が生じても運送人の責任を問えない可能性があります。特に本判決では、特殊な貨物については、貨物の重量、寸法だけではなく、貨物の外装に吊り上げ、固定、重心位置を表示する必要があったとしている点に注意が必要です。情報提供が不十分な場合には、運送人に責任追及ができないことを示しており、この基本的な考え方は、日本法の場合も同様です。
  2. 求償権放棄特約について
    中国法では、荷主と運送人の間の貨物保険締結の際の求償権放棄特約の約定があっても、実際にこの特約が荷主と保険会社との間で締結されなかった場合には、荷主が、求償権放棄特約違反を保険会社に主張して、保険会社からの求償権の行使を拒むことはできません。この点は、日本法でも同様です。
  3. 海上運送人の持っている責任制限の主張について
     実際の重量ではなく申告した重量が基準とされており、日本法でも同様と考えます。
     また、本件は、港湾運送業者に海上運送人の責任制限の主張を認めている点が特徴の1つです。

(文責:弁護士・海事補佐人・海事代理士吉田伸哉)

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