貨物保険と請求権放棄特約~荷主の第三者求償権放棄特約の締結義務違反が引き起こす重大なリスク

2020.07.25

実務では、貨物保険における請求権放棄特約(第三者求償権放棄特約)は、運送人と荷主との契約条件となっていることも多くあります。誰もが知っている上場企業である複数の荷主企業でさえ、この特約の意味を十分に意識せず、貨物保険の保険会社との間で特約を締結していなかったことも数多くあるのが実情です。しかし、貨物事故が生じたときに荷主企業に大きな損害を与えてしまう可能性ありますので要注意です。この請求権放棄特約については文献等もほとんどありませんのでこの機会に整理させていただきます。

1 請求権放棄特約(第三者求償権放棄特約)

  • 第三者請求権放棄特約とは、荷主が運送会社に貨物の運送を委託する際に、貨物にかける貨物保険について、保険金を支払った貨物保険会社が第三者へ求償しないという特約です。
  • 保険会社との間で求償権放棄特約を締結したからといって、実際の事故発生時にこの特約を必ず使用しなければならないというわけではありません。保険料が気になる場合には、この点を意識して運送契約を定めるのがポイントです。

2 請求権求償権放棄特約が使用される典型例

  • 通常、荷主企業(A社)は運送会社(実際には利用運送人が多いように思われる)に貨物の運送を委託し、その運送会社(利用運送人B社)は、実際の運送を他の運送会社(実運送人C社)に再委託し、貨物の運送を行います。この場合、荷主企業と利用運送人がグループ企業である場合はもちろん、そうでなくてもよい関係の取引先の場合に、この特約が使われます。
  • 貨物事故により保険会社が荷主企業に保険金を支払った場合、法律上又は保険約款上当然に保険会社が損害賠償請求権を取得するため、荷主企業の意向にかかわらず、保険会社から運送人へ求償がなされます。そうするとよい取引先の利用運送人としては結局荷主企業が保険を使用しても損害賠償請求を受けてしまうことになってしまいます(しかも荷主企業と異なり営業的な話での解決が困難なのが通常です)。このような事態を避けるために求償権放棄特約は使用されます。
  • 特質
    運送人が重過失の場合であってもこの放棄特約は有効であり、運送人は保険会社から求償を受けません。

3 第三者求償権放棄特約と運送契約

  • 陸上運送・海上運送・航空運送・港湾運送共に、商法・国際海上物品運送法及び各運送約款にはこの規定はありません。つまり、第三者求償権放棄特約を運送契約の契約とするかどうかは個々の契約により決まります。
  • この特約が、荷主企業と運送人の契約により規定されている場合には全く問題はありません。しかし、運送契約の場合荷主企業と契約書を交わすことは多くないのが実情です。
  • このような場合、契約条件として記載された見積書とそれに対する発注によって、請求権放棄特約を締結する合意が成立したかが問題とされることがあります。しかし、見積書に「第三者求償権放棄特約」が契約条件と記載され、それに対して発注した場合も、申込・承諾という契約の一般原則により契約が成立することは明らです。

4 最高裁判例

  • このように当事者間で第三者求償権放棄特約を締結したものの、荷主が当該特約を保険会社との間で締結していない場合はどうなるでしょうか。
  • 港湾運送(商法上は陸上運送と同じ)の事案について、最高裁第一小法廷昭和51年11月25日判決は、「保険金額を超える損害部分の賠償請求だけを放棄する旨の意思表示をしたのにすぎない」としております。また、この最高裁判例が引用する最高裁判所昭和43年7月11日第一小法廷判決(民集 第22巻7号1489頁)は、陸上運送についての事案ですが、同様の判断をしているところです。
  • この2つの最高裁判例共に、貨物保険の求償分を超える請求を否定していますので、荷主から貨物保険による填補分を超える損害の請求はなしえないと考えます。
  • もっとも、これらの2つの最高裁判例は、いずれも保険会社の運送人への請求を認めています。

5 荷主のリスク

  • 荷主企業としては、運送契約に「第三者請求権放棄特約」が内容とされていないかを必ず確認することが重要です。内容とされている場合、貨物保険締結の際に、この特約を保険会社との間で締結しておく必要があります。
    保険会社との間で締結していなかった場合、貨物事故で保険を支払った保険会社は運送人等へ求償権を行使しますが、運送人が支払った分は、運送人から請求されることになりますので重大なリスクをかかえることになるからです。
  • なお、外航貨物保険だけ締結し、国内の運送については運送人の賠償責任保険があるからという理由で国内貨物保険等を締結しない大企業も散見されます。しかし、港湾運送人の責任は限定されていますし、台風や洪水などの不可抗力の場合にはそもそも賠償責任保険がでることはありません。貨物保険の実益をよく見なおしていただくことが重要です。
  • この点は、物流と天災〜地震,台風,高潮,洪水等の自然災害による貨物の滅失・損傷と損害賠償責任〜をご参照ください。

(文責:弁護士・海事補佐人・海事代理士吉田伸哉)

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