オーナー・賃貸人のためのコロナ禍のテナント料・傭船料の減額要請の対応実務 ~大型商業施設・ホテル・ビルの賃貸料・船舶の傭船料などを中心に~
2021.05.06
コロナが以前猛威を振るう中、売上の落ちたテナントからの賃料減額要請や船舶の傭船料の減額要請に対する対応事案が増えてきています。賃貸人や船主の企業側からは長期の観点から応じてあげたいという場合も多くあります。しかし、単純に賃料や傭船料を減額することは、テナントや用船者が倒産した場合や節税という観点からは十分ではありません。そこで、今回のコラムでは、減額要請に応じる場合の法律上・税務上の主な留意点をまとめました。税務面は、税務署対応や企業の再生支援等も得意とするMAC税理士法人の代表社員である渡邊敏江税理士に全面協力いただきました。
1.賃料や傭船料の減額
レストランや飲食店へのテナント貸しの場合はもちろん、大型商業施設やビル・ホテル・大規模病院の賃貸料は月ベースでみても数千万円から数億円という場合も多くあります。船舶の傭船料についても、契約時期にもよりますが大型船舶などの種類(船種)によっては同様であり、1日の傭船料が数百万円という場合も少なくありません。
このような中、コロナ禍における売上低迷、資金繰り悪化等の理由から賃貸料・用船料の減額要請がなされるケースが増えており、30%から50%などの大幅な減額要請の場合も少なくありません。その場合、オーナー側はテナント様に決算書等を開示してもらい、減額要請に応じることも少なくありません。特に、大型商業施設・ビル・大型船舶などについては、契約解除等となると次の賃借人や用船者が容易に見つからないケースも多く、長い目で見て減額に応じてでも契約を存続した方が双方にとってメリットがある場合も多くあるためです。
2.単純に減額に応じることのデメリット
減額に応じる場合には、毎月の固定の賃料を単純に下げるという対応は、最も簡単ですが、法律上も税務上もお勧めできません。減額に応じたものの1年もしないうちに倒産した場合には、破産・再生手続で届けることができるのは減額後の賃料のみとなるからです。通常、破産は多くて数パーセント、民事再生でも10%台の配当しかないため、配当を受けることができない債権について損金処理ができるかどうかが重要なポイントとなります。
例えば、30%減額した後にテナントが倒産して損金処理しようと思っても当初の賃料・用船料の30%相当額は損金処理できないということになります。
税務署に提出した決算書等に粉飾がある場合など、より倒産リスクが高くなりますので要注意です。経営者の勘で何か気になる場合には、税理士の先生にテナント等の決算書等を検討してもらい、検討結果を踏まえて相手の代表者にインタビューも行うことで粉飾が判明するケースもあります。
3.倒産などを意識した具体的な対応~条件付きの減額
そこで、例えば、3年間滞納なく支払ったときは、3年前に遡って減額するという契約条項にすることが考えられます。この方法のメリットは、3年以内に賃借人・用船者が倒産した場合に、当初の賃料・用船料を届け出ることができ配当の対象となるばかりではなく、配当を受けられなかった残りの金額について損金処理が可能となる点です。もっとも、3年経過後に3年前に遡って効力が生じるという契約ですので、法律上は有効であっても、それに合わせた税務処理が必要です。
例えば、3年間減額後の賃料を滞納なく支払った場合には、3年前に遡って減額分の総額を「免除する」という契約の場合には、条件が確定した年度にテナント側に一括して債務免除益が発生するため、それを踏まえた対応が必要となります。同様に、3年間減額後の賃料を滞納なく支払った場合には、(3年前からの)減額分の総額を「請求しない」という契約形式の場合もありますが、税務処理上は上記免除の場合と同様の扱いになります。
このように、契約書による規定の仕方という法律的側面と税務上の側面の両方に注意しながら、具体的な減額条項を定めることが重要となります。これは、企業の再建支援の場合も同様です。
4.賃料や傭船料の仕組みの変更
また、大規模ホテルや複合商業施設などの建物の賃貸の場合、売上に連動して賃料が変動する変動型賃料の契約条項とすることもよくあります。ホテル運営者やテナントは、賃貸人に対して、決算書類の報告のほか、月ベース等での売上の報告が必要となりますが、銀行からお金を借りている場合にも決算書類等の提出を求められることもあり、この点がハードルとなることはあまりありません。この方法と通常の固定賃料の中間的な方法として、一部固定賃料・一部売上連動型変動賃料という場合もあります。
特に、最近はコロナ禍で売上が激減した大型ホテルや郊外のレストランなどの倒産をできるだけ阻止し、企業の再建を図りながら共存共栄してく場合などはこの手法はよく用いられます。
このように売上に連動しますので、予想外に売上が上がった場合には賃貸人の収入も増えますし、売上が予想外に低かった場合でもテナントが賃料等を支払えないことによる倒産の可能性を大きく減らすことができる点がメリットです。
5.リースバック
ホテルやレストラン・飲食店を経営していて建物は所有しているけれども、土地を借りていて手元資金がなくコロナが収まるまで何とかしのぎたいという事案も増えてきています。政府系金融機関等から低利で借り入れることができればそれに越したことはありませんが、それが難しいケースや運営資金等が不足するケースもあります。
このような場合には、地主に建物を購入してもらい代金を受け取り、建物を賃貸借契約に切り替えるという手法もあります。資金力のある第三者企業の協力を得て買い取ってもらった後に、賃貸借契約やファイナンシャルリースを含むリース契約を締結することもあります。但し、売却の場合には不動産譲渡益等が生じる場合もありますので、金額等については税務面からの検討も重要となります。特に、賃貸借ではなくリース契約となる場合には、会計処理の方法もリース契約のタイプにより異なる上、リース契約の種類によっては会計処理方法が複数ありますので、節税等の観点から自社に最も適切な会計処理について税理士の助言を得ることも重要です。
なお、店舗を借りて飲食店などを経営している場合にも、会社の株式や経営権を売却して、ファイナンシャルリース等で借り受け、経営を続けるという資金調達方法もあります。
これらのリースや賃貸借の際に、借りる側が将来リースや賃貸借物件を買い取るオプションをつけることもあります。なお、この賃貸借と買取オプションの組み合わせは、船舶の傭船契約(特に裸用船契約)においては多く行われています。
6.お金を貸すときは誰から貸すかも重要です
レストランや飲食店などの賃料減額要請や船舶の傭船料の減額要請と同時に、テナント・傭船者者等から営業資金の貸し付けをお願いされる事案もあります。貸すかどうかはオーナー・賃貸人側の判断ですが、例えば、船舶の傭船契約の場合に、船舶を所有している船主の会社ではなく、その親会社などのグループ会社から別途貸し付けると、傭船契約上の債務と相殺等ができたものができなく場合もあります。つまり、「誰から貸すか」という点の法律面からの検討は、貸す場合の契約条件よりも重要となることが少なくありません。というのは、最高裁平成28年7月8日第二小法廷判決で三者間の相殺が認められる場合が非常に限定されているためです。
そうするとお金を貸した傭船者が倒産した場合、貸したお金は返ってこないけれども、債務(傭船契約終了時の燃料買取債務など)は支払わなければならず億単位で損失を被る事案もあります。用船契約ではなくテナントやホテルの賃貸借の場合も同じです。外航における傭船契約の貸主(船主)はパナマのSPCなどの場合が多いですが、日本の傭船者に貸し付ける場合には、SPCを実質支配する日本企業から貸し付けていたためにこのような結論となった事案も多くありました。
7.一方的減額通知には要注意
最後に、一方的にテナント・傭船者等から今後は減額した賃料・用船料を支払うとの書類やメールなどが届き、それ以降、一方的に通告してきた賃料・用船料を毎月期日通りに支払ってくる事案もあります。このようなケースは要注意です。特に、海外の用船者などにもこのような場合が多いですが、何も言わずに放置しておくと、法律上「黙示の承認」として了承したという主張が後日なされることがあり、大きな不利益を被ることがあります。結果的に、黙示承認が認められない場合でもその対応のために必要となる弁護士費用等は軽視できません。
倒産した場合にも、「黙示の承諾」があったとすると減額に応じた以降の金額しか配当の対象となりませんし、当初の金額を倒産による損金処理の対象にもできなくなるため、予想外の損失により赤字転落や連鎖倒産の可能性もでてきます。特に、傭船契約などの場合には、英国法など日本と異なる国の法律が準拠法となっている場合もあり、黙示の承諾だけでなく権利放棄したなどの主張もなされることが多いですので要注意です。
このような場合の具体的な対応は早期に専門の弁護士に相談することが重要です。実際に、ある大手の船舶会社(オペレーター)が倒産した事案でも、きちんと対応していた会社は減額に応じていないとして全額債権届け出が認められ、税務上も配当がない部分について問題なく損金処理ができましたが、放置していた会社は新たな訴訟を避けるために相応の譲歩をして和解をせざるを得なかったというケースもあり数億単位の違いがでました。
(文責:弁護士・海事補佐人・海事代理士吉田伸哉)