H31.4.1施行の新商法を踏まえて「倉庫・港湾・取次」事業者のとるべき対応
2019.02.01 弁護士吉田伸哉
1 約款等の見直しによるリスクヘッジの重要性
H31.4.1から新商法が施行されます。新商法の施行にあわせて、個別契約書のあり方や内容を見直すと共に、倉庫寄託約款・港湾運送約款の改定を行い、運送取次・港湾運送の取次事業者については約款を策定するなどして、利用運送を含む陸上・海上・航空運送と同程度のリスクヘッジを行っておくことは、安価で大量の貨物を扱うこの業界で生き残るために極めて重要と考えます。
今回の新商法は、主に運送法の分野の改正ですので、陸上・海上・航空運送については政府により標準約款・モデル約款の策定・改定がなされているところです。しかし、倉庫事業者、港湾運送事業者、運送取扱人・港湾運送の取次に関しては次のように大きな問題点が残ったままになっています。
当事務所と顧問の関係にある企業様は、顧問料の範囲内にて、現行約款・契約書等のリスク判定をさせていただきますのでお気軽にお尋ねください。
倉庫寄託契約については実質的な内容の改正がなされておらず、運送法で解決された種々の問題点が残ったままになっています。それゆえ、倉庫寄託約款を見直しリスクを減らすことが重要となります。
港湾運送の内の運送に関する部分については、現行法では陸上運送の規定が適用されていました。しかし、改正商法により平水区域の運送が陸上運送扱いから海上運送へと変更された結果、はしけ運送、いかだ運送は、海上運送の規定が適用されことになるなど一部において改正商法による変更があります。他方、件数・鑑定・検量事業については新商法による実質的な改定はありません。もっとも、港湾荷役については、港湾荷役に陸上運送の規定が適用され商法改正の影響を受けるのか、船内荷役は受けないのかなどについては、実は判然としていないように思います。
港湾運送事業者の港湾運送については、陸上運送や利用運送などと異なり標準約款はありませんし、商法改正の過程において、陸上・海上・航空の各運送に比べるとほとんど議論がなされていない状況ですので、倉庫寄託同様、運送法で解決された種々の問題点が残ったままになっています。
港湾運送については、事実上各社にほぼ共通の港湾運送約款がありますが、様々な港湾運送事業があるにもかかわらず、古くに制定されたままであり、運送約款は勿論、標準倉庫倉庫寄託約款と比べても簡潔な内容となっているため多くのリスクが残っているのが現状です。
- 倉庫寄託約款・港湾運送約款で検討すべきリスク対応
今回の新商法で、運送契約は、①1年を経過すると契約責任に加え不法行為による請求も不可となる点、②無留保承諾の規定は不法行為にも適用され、③これらの請求の潜脱防止のために、会社ではなく従業員が訴えられた場合も、従業員が本来会社が主張できる損害額の限定等の自由を主張できる条項(ヒマラヤ条項)が新設されました(現行法や倉庫寄託契約との相違についてはH30改正対応 30分でやさしくマスター 物流法: 陸上・海上・航空運送と倉庫の実務[現行商法&新商法]Kindle版でわかりやすく解説しております)。
しかし、倉庫寄託契約・港湾運送の一部にはこれの改正法が適用されません。このため、倉庫寄託約款・港湾運送約款の改定で対応できる部分は対応しておくことが重要です。①の完全な排除は困難ですが事実上の効果も期待でき、②③については相応の効果が期待できるからです。
- 倉庫寄託約款・港湾運送約款
倉庫寄託約款は倉庫寄託契約の、港湾運送約款は港湾運送契約の中核そのものです。最大の特徴は、①過失免責(重過失・故意のみ有責)、②無留保承諾と現行商法の要件緩和、③滅失・損傷の損害額の制限(貨物価格に限る)の3点にあります。
しかし、倉庫寄託・港湾運送に関しては、これらを利用する一般企業(荷主)は約款の存在及び内容をほとんど把握していません。のみならず、倉庫事業者・港湾運送事業者の従業員の多くもそれが契約の重要な内容をなしていることの意識が欠如しているのが実情です。加えて、倉庫寄託約款や港湾運送約款が古くからのままであり近時の契約書に記載されるべき反社条項などの重要な条項を欠いています。
それゆえ、倉庫寄託・港湾運送においては、荷主企業の求めにより、業務委託契約書等の個別契約の締結がなされることが多く、これらの約款の倉庫事業者・港湾運送事業者にとって極めて重要な条項が排除されている事案も多く見受けられます。
具体的には個別契約では、①過失の場合にも責任を負うと変更されているケースが圧倒的に多いのが実情です。この場合、単なる過失で賠償責任を負いますが、契約で責任を加重した場合、保険約款の規定上、賠償責任保険により填補されなくなる可能性がある点は非常に重要と考えます。
本来、倉庫事業者・港湾運送事業者の保険と荷主企業のかける外航貨物保険プラスFOB輸出保険又は国内貨物総合保険により幅広くカバーされているのが理想です。しかし、特に一般企業側でどの保険で何がどの程度カバーされるかを十分に理解していないため、これらの保険に加入しておらず、保険でカバーできない部分が大きくなっているのが現状です。そのため、台風に伴う高潮等の事故が生じた場合には、保険金が下りないため、どちらが現実に損失を負担するかを巡って紛争が生じることが多いのです。
また、滅失・損傷時の損害賠償額が貨物に限定されず、直接かつ現実の損害など拡張されていることもあります。工場の不稼働損害、逸失利益や航空運送費用を請求され苦慮するケースも多く、また、この場合も同様に加重部分に保険はでません。
そもそも、個別契約は、倉庫寄託約款・港湾運送約款の規定の重要性を十分に認識することなく締結されていることも多いのが実情です。
4 運送取扱人・港湾運送等の取次事業者
物品運送の取次(運送取扱人)については商法改正の適用があります。しかし、他の運送・倉庫・港湾業者と異なり約款が事業の許認可の条件とされていないために、約款がない企業がほとんどです。そのため、倉庫寄託約款・港湾運送約款のような故意・重過失の場合のみ有責というように限定がなされていません。また、損害賠償の範囲は一般原則によりますので、他の運送・倉庫寄託・港湾運送のように損害賠償は貨物の価格に限定されません。しかも、荷主である一般企業との間で個別契約書もないことが多いのは、非常に大きなリスクがあると言わざるを得ません。
これらに加えて、運送・倉庫・港湾運送業者と異なり、賠償責任保険すら加入していない事業者も多いため、商法改正を機に運送取扱(取次)・港湾運送の取次の事業のあり方全体を見直すべき必要性が最も高いと考えています。港湾運送を取次ぐ事業者は、運送取扱人(取次)にあたらないといわれていますので、更にリスクが高いと言わざるを得ません。
このような観点から、運送・倉庫寄託・港湾のように約款を策定するなどの対応が不可欠と考えます。もっとも、約款の作成が現実的ではないという場合には、例えば、倉庫業に関連して港湾運送を手配する場合には倉庫寄託約款の重要な規定が適用されるように同約款を改正する方法、個別契約書や発注書・受注書で倉庫寄託約款を準用するなどこの点に関しては、リスクヘッジの程度に応じた様々な対応ができるところですので、是非この機会に見直されることを強くお勧めします。
なお、賠償責任保険に例え加入していたとしても、昨年の台風21号の高潮等に伴う貨物の被害は基本的に対象外となります(これに対する荷主企業のリスクヘッジについては、物流と天災 〜地震,台風,高潮,洪水等の自然災害による貨物の滅失・損傷と損害賠償責任〜をご参照ください)。